イタリアン・ポップスの楽しみ







 アルク地球人ムック『イタリア語をモノにするためのカタログ』(1999年11月4日・アルク発行)に掲載されたものです。雑誌掲載時には一部、編集部による修正が入っていますが、ここには修正が入る前の生原稿を掲載します。ただし、本文前のリードや見出しは、編集部がつけたものをそのまま載せました。







cover photo 伝統ある音楽の国イタリア。
メロディを大事にするそのポップスは、人の心を揺さぶる。
おすすめの歌手・名盤から、その入手方法までを紹介しよう。






クラシックと隣り合わせのポップス


 太陽と情熱の国イタリアで育まれたポップスは、英米のものとは少し違った独特の美しさと情感を兼ね備えている。オペラやカンツォーネを背景に成長をしてきたその音楽は、心を揺さ振るメロディ、胸に染みる哀愁、あふれるばかりの愛とドラマティックな展開を持っている。そして、表現力豊かなシンガーがたくさんいるのが特徴といえる。
 そんななかでも、もっとも多くの人に聴いてもらいたいのがClaudio Baglioni(クラウディオ・バッリォーニ)だ。

 Baglioniは1970年代から今も活動を続けているカンタウトーレ(シンガー・ソングライター)。独特のダミ声で感情を絞り出すように熱唱する初期の作品には、どれも青春時代の持つ愛と哀しみ、非常にピュアな魂が感じられる。80年代以降は声も少しまるくなり、大人の奥行きが加わった、より懐の深い、大きな愛情を表現するシンガーになった。
 彼のアルバムは名盤揃いで、どれも彼らしいスケール感とドラマに満ちているが、なかでも、小さなイタリアの街の片隅で繰り広げられる、他人から見ればとてもちっぽけだけれど本人たちにはかけがえのない優しさと悲しさを持ったラヴ・ストーリーを見ているような『Quest Piccolo Grande Amore』(1972)や、明るい太陽の下でともに青春時代を過ごした友人と懐かしい再会を果たしたような親しみに満ちている『Strada Facendo』(1981)は、とくに優れた作品といえる。
 他のアルバムも基本的にハズレがない。イタリアらしいストレートで強い哀愁を望むなら70年代のもの、より円熟しソフィスティケイトされたものを望むのなら80年代以降のものを聴いてみるといいだろう。ともかく1度、彼の歌に触れてほしい。自分が知るなかでは、もっとも表現力、瞬発力に優れたシンガーであり、才能にあふれたコンポーザーであり、イタリアン・ポップスの魅力を強く感じさせてくれるアーティストだからだ。

 Eros Ramazzotti(エロス・ラマゾッティ)も、イタリアらしいポップスを聴かせてくれる人気シンガーだ。ちょっと鼻にかかったような高めの声で歌う彼は、非常におおらかでのびのびとした、美しいメロディを持っている。
 突き抜けるようなローマの青い空と強い陽射しの下を行き交うファッショナブルな若者たちに、ぴったりな感じがする彼の曲は、本国でも大人気で、アルバムを出せば必ず、チャートの上位に入ってくる。日本盤もリリースされた『Dove C'e' Musica』(1996)などを聴けば、イタリア独特の軽やかなポップ・センスを感じられるだろう。

 そのErosとアルバム『Sogno』(1999)でデュエットしたのはAndrea Bocelli(アンドレア・ボチェッリ)。アルバム『Romanza』(1996)が欧米で大ヒットした彼のことをご存知の方は多いだろう。ちなみにこの2枚は、両方とも日本盤がリリースされている。
 彼はテノール歌手でもあり、オペラのアリア集などもリリースしているためか、日本ではクラシック歌手として扱われることも多いが、自分はポップス歌手としての彼に強くイタリアを感じる。彼の地声は、じつはとてもイタリアらしいざらつきを持っているのだ。その点で、全編オペラ唱法で歌っている『Sogno』よりも、地声とオペラ・ヴォイスの対比がドラマティックな『Romanza』のほうを、ポップス・ファンにはすすめたい。クラシックと大衆音楽が隣り合わせにある国ならではの音楽が聴ける。

 落ち着いた声と奥行きのあるキーボード・アレンジ、独特のロマンティシズムを持ったAmedeo Minghi(アメデオ・ミンギ)も、多くのファンに愛されている。テレビなどのサントラも手がける彼の曲は、クラシック的な重厚さを持つものも多いが、ゆったりとした曲調と抑えたヴォーカルにはすべてを包み込むような優しさがあり、非常にイタリア的な色彩が強い。ときに神聖にすら感じる彼の音楽は、カトリックの国ならではともいえる。
 アルバムによって多少、印象にばらつきのある彼だが、『i Ricordi del Cuore』(1992)は文句なしの名盤だ。キーボードによる壮大なオーケストレーションが使われ、ヨーロッパ的な翳りや湿りのある、いくぶん重い空気を持った世界がアルバム全体を支配しているが、最後の曲で聴かれる神聖に響く合唱で、魂の救済を得たような気になる。最初はとっつきにくいかもしれないが、聴くほどに心の奥深くまで染み渡る作品だ。
 あまり重いのは苦手という人には『Decenni』(1998)がいいだろう。柔らかい肌触りと暖かな空気が流れているなかに、彼らしいアーティスティックな感性を感じられるアルバムだ。また、生のオーケストラを多用し人懐こさも感じさせる『Serenata』(1987)も、ロマンティックな作品でおすすめだ。







そして、ナポリ


 懐の広い優しさをたたえた、ちょっとこもりぎみの声が哀愁を誘うNino D'Angelo(ニーノ・ダンジェロ)は、ナポリ出身のカンタウトーレ。
 地元ナポリでは大スターだという彼は70年代から活動を続けてきたが、サンレモ音楽祭への出場は99年がはじめて。その参加曲を収録した『Stella 'e Mattina』(1999)は2枚組で、1枚は彼のオリジナル曲、もう1枚には古いナポレターナ(ナポリ民謡)などを収録している。
 このアルバムは最近はやりの民族音楽アレンジがちょっと強すぎて、ワールド・ミュージック的な印象もあるけれど、そのわかりやすさが、はじめて聴く人には馴染みやすいかもしれない。でも、アコーディオンの音色が印象的な、南イタリアの明るく暖かな陽射しを感じさせる曲から始まる『a Nu Passo d''a Citta'』(1997)のほうが、人間味にあふれた優しさと哀愁が漂っていて、彼の持つ魅力をより表現しているだろう。

 ナポリといえばPino Daniele(ピーノ・ダニエーレ)という大物がいる。アメリカのジャズ系のミュージシャンなどとも親交が深く、ジャジーでソフィスティケイトされたメロディを聴かせてくれるカンタウトーレだ。でも自分は、そんな最近の彼からは想像できないような音楽で構成されたアルバム『Terra Mia』(1977)をおすすめしたい。
 透き通ったナポリの空と青い海のキラメキがちりばめられているこのアルバムは彼の1stで、ナポリ・ミュージックの名盤といわれている。ナポリ方言で歌われる「唄」は生命の輝きを表現するかのようで、古くからその土地で生活してきた、そこの住民のための音楽といえるだろう。アルバムとしては多少、とっ散らかった印象はあるが、それがまた、貧しくも慈愛に満ちた小さな町の日常生活を思わせ、魅力となっている。

 Gigi D'Alessio(ジジ・ダレッシオ)も、ナポリ的な旋律が心地よいシンガーだ。明るく軽やかな曲が多く、美しく素直なメロディにちょっと高めのまるい声が乗る彼の音楽は、ある意味で、非常にオーソドックスなのだが、南イタリアっぽい素朴な暖かさが感じられ、そこはかとない哀愁が心に響く。
 『Tutto In Un Concerto』(1998)は、そんな彼のライヴを収めたアルバム。ベスト盤的な選曲になっているようで、彼の魅力をたっぷり感じられる。その後『Portami Con Te』(1999)というスタジオ盤もリリースされているが、心地よい旋律は健在だ。

 胸がキュンとなるような切ない歌声が魅力なのはPaolo Vallesi(パオロ・ヴァッレージ)。91年のアルバム・デヴュー以来、作品をリリースするごとに楽曲のクオリティを高めてきた彼だが、イタリアらしいメロディ、哀愁、切なさは初期の頃のほうが強い。
 突然のブリット・ポップ的な装いで賛否両論を巻き起こした『Sabato 17:45』(1999)は非常に音楽的クオリティの高いよいアルバムだけど、ちょっとカスレ気味の声と伸びやかなヴォーカルがリスナーの心をそっと包み込むような、彼の歌本来が持っている魅力を存分に表現しているという点で、『la Forza della Vita』(1992)をおすすめしよう。カンツォーネの時代から続くイタリアン・メロディを大事に継承しているポップスといえる。

 ほかにもたくさん、イタリアらしいメロディを聴かせてくれるアーティストがいる。壊れそうな繊細な心を感じさせるAlessandro Errico(アレッサンドロ・エッリコ)。ファンタジックな世界を表現する吟遊詩人Angelo Branduardi(アンジェロ・ブランデュアルディ)。Baglioniと似た肌触りを持つAnonimo Italiano(アノニモ・イタリアーノ)とStefano Borgia(ステファーノ・ボルジア)は、じつは同一人物(注:のちの調査で、この二人は別人だということがわかりました)。落ち着いた大人の哀愁を聞かせるEduardo De Crescenzo(エデュアルド・デ・クレッセンツォ)。胸が張り裂けそうな切なさを持ったFranco Simone(フランコ・シモーネ)。泣きたくなるような郷愁を感じさせるIvan Graziani(イヴァン・グラツィアーニ)。軽やかなナポリ・ポップが魅力のNello Daniele(ネッロ・ダニエーレ)。そして、Fabrizio De Andre'(ファブリツィオ・デ・アンドレ)、Franco Battiato(フランコ・バッティアート)、Lucio Battisti(ルーチォ・バッティスティ)、Lucio Dalla(ルーチォ・ダッラ)などといった、現代イタリアン・ポップをつくりあげてきた大物たち。紹介したいアーティストはまだまだたくさんあるけれど、このくらいにしておこう。
 なお、今回は「イタリアらしさ」が強く感じられることを基準にしたため、オーソドックスなタイプのアーティストが中心になった。そのため本国で人気のある、ラップのJovanotti(ジョヴァノッティ)やファンキーなZucchero(ズッケロ)、ロックのLitfiba(リトフィバ)などが紹介されていないが、了承してほしい。







入手するには


 さて、イタリアのポップスに興味を持ってもらえただろうか。メロディの宝庫といわれるイタリアには、たくさんの素晴らしい音楽がある。文法上、韻を踏むことの多いイタリア語は、それ自体が美しい音楽ともいえる。
 ひと口にイタリアン・ポップスといっても、オーソドックスなものや英米ふうのものなど、さまざまな種類の音楽があり、アーティストがいる。しかし残念ながら、日本のマスメディアでそれらに関する情報を得るのは、非常にむずかしいのが現状だ。
 ここで威力を発揮するのは、やはりインターネットだ。数は少ないが、イタリアン・ポップスを紹介してくれるサイトが日本にもある。そのうちのいくつかを紹介しよう。

■ ITALIAN MUSIC FAVORITES <www.asahi-net.or.jp/~NR2S-KTYM/Index.htm>:
 音楽業界の方がウェブマスターなので、正確で資料性の高いアルバム紹介が読める。質・量ともに充実した、日本一のイタリアン・ポップス・サイト。

■ POP ITALIANA <home.att.ne.jp/red/P-Italiana/>:
 幅広い年代・ジャンルのアルバム・レヴューが充実している。やわらかく、愛情に満ちたコメントが魅力。

■ パンドラの箱 <netpassport-wc.netpassport.or.jp/~wtanaca/>:
 「イタリア通信」のなかにアルバム・レヴューのページがある。若い視点が感じられる。

■ Pensiero! <plaza17.mbn.or.jp/~moa/>:
 サイト上でアルバム紹介をするだけでなく、メールマガジンによる新譜情報の提供なども行なっている。

 これらのサイトやそのリンク集を上手に活用して、お気に入りのアーティストやアルバムを見つけてほしい。
 気になるアルバムが見つかっても、どこでそれを入手すればいいのだろうか。残念ながら日本では、イタリアン・ポップスの流通量は多くない。ヴァージンやタワーレコードなど、一部の大型輸入盤店には多少、在庫もあるが、そのアイテムは非常に限られている。
 ここでも頼りになるのはインターネットだ。海外の通販ショップから直接、輸入できる。アメリカの大手、CD Now<www.cdnow.com>やCD World<www.cdworld.com>などは、意外とイタリアものも充実しているし値段も手ごろ、使い勝手もいい。また、スイスのDischi Volanti<www.dischivolanti.ch>やPlanete Laser<www.planetelaser.com>、イタリアのNet Music<www.netmusic.it>などは、使い勝手や価格の面ではアメリカのショップに劣るが、さすが地元だけあり、アメリカ経由では手に入らないようなアルバムも入手できる。ネットを使った海外通販に抵抗がないなら、これらのショップは強力な味方になる。
 ネット通販は心配だという人には、東京にあるユーロ・ポップスの専門店Casa Bianca(カーザ・ビアンカ。電話:03-3232-5425。水曜定休)をおすすめしよう。ここの品揃えは多分、いや間違いなく日本一だろう。もしかしたら、本国イタリアのショップよりも充実しているかもしれない。地方発送もしてくれるし、予約や取り寄せも1枚から受けてくれる。店長は非常に知識豊富なので、いろいろなアドバイスも受けられる。
 イタリアのポップスには、英米の音楽とは違ったやすらぎ、美しさ、繊細さと力強さがある。喜びも悲しみも含めて生きることを最大限に楽しみ、情熱的で生命力にあふれたイタリア人のつくりだす音楽は、たとえ言葉がわからなくても、心に直接響く。そんなイタリアン・ポップスにぜひ、多くの人が出会ってほしい。







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