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◆ このページの目次 ◆

★引っ越してきました (1999.01.03)
★カレーとヨーグルト (1998.04.29)
★大雪だぁ! (1998.01.17)
★失礼な奴 (1997.11.17)
★なんで出口で遅くなる? (1997.09.20)
★光通信はやたらと当たる (1997.09.17)
★映画『異人たちとの夏』をみた (1997.09.14)
★水着のねいちゃん (1997.09.02)
★映画『(ハル)』を見た (1997.08.13)
★駅でちょっとムカついた (1997.08.11)







★引っ越してきました

 この「ひとりごと(mormorio)」のコーナーは、もともと Pensiero! 本館にあったものです。

 Pensiero! オープン時は、自分の大好きなイタリアのポップスやプログレのアルバム紹介を中心にしながらも、音楽とはべつに日々思ったことのページや、自分の勤務先である出版社の商品紹介のページもあるという、けっこうなんでもありのサイトでした。
 しかし、日本でもあまり数のない「イタリアン・ポップス・メインの専門サイト」としての性格をハッキリさせるため、1998年の春にまず仕事先関係を切り離して独立のサイトをオープンし、同時に旅行記「はじめてのイタリア」も別サイト(Pensiero!別館)としてオープンしました。そして今回、本館にゆいいつ残っていた音楽ネタ以外のページ「ひとりごと」をここへ移し、Pensiero!別館のリニューアルオープンとなりました。

 本館のほうは毎月、数枚のアルバムレヴューを新規掲載しているのですが、「ひとりごと」のページはなかなか更新できません。それでも年に数回は更新したいと思っていますので、ときどき思い出したら、また寄ってみてくださいね。

(1999.01.03)




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★カレーとヨーグルト

 カレーライスは好きですか? 自分は大好きです。

 ヨーロッパふうの、コクがあって上品な甘みのある、とろとろのカレーはおいしいですね。日本のお米で食べるには、これがいちばんかも。
 インドの、スパイスがたっぷりで、さらさらなんだけど非常に奥深い味のカレーも、ナンと一緒に食べるととっても幸せです。
 タイあたりの、ひたすら刺激的なアジアン・カレーも、もうちょっと旨みというか深みというか、欲しい感じもしますが、さらさらのお米といっしょにいただくと、これまた極上です。
 もちろん、純和風なカレーもたまりません。かつおや昆布でおだしをとって、玉ねぎの甘み、小麦粉とジャガイモのとろみ、かくし味にお醤油入れて。だしで煮た大根なんかを具にしてもおいしいです。
 レトルトのカレーも、最近ではとてもおいしくなりました。

 あぁ、カレーっておいしい(^^)。毎日カレーでもいいぞ。

 ヨーグルトは好きですか? 自分は大好きです。

 ヨーグルトとのはじめての出会いがいつだったかは覚えていませんが、ばあちゃんちに泊りに行ったとき、近所の銭湯で食べたビン入りのヨーグルトが最初かもしれません。あの、ちょっと硬めですっぱいヨーグルトって、いま食べてもおいしいですね。
 はじめて食べたときにちょっと感動だったのが、チチヤスのプラスティックカップ入りヨーグルト。すごくなめらかで、甘みもちょうどよくて。いまでも、いちばん好きといえるかもしれません。
 もちろん、最初から砂糖の入っていない、ちょっと高級なヨーグルトも大好きです。サラダのドレッシングにしたり、果物といっしょにいただいたり。よだれが出ますね。

 あぁ、ヨーグルトっておいしい(^^)。毎日食べたいぞ。

 カレーと乳製品って、とっても合います。
 カレーを食べながら飲むのは、やっぱり牛乳がいちばん。カレーにコクを出すために、チーズを入れたりヨーグルトを入れたりもしますね。
 そう、カレーにヨーグルトって、とっても合うんです。合うはずなんです......。

 で、カレーヨーグルトです。

 食べたこと、ありますか? 森永カレーヨーグルト。
 これが、むちゃむちゃ“マズイ!”んです。大好きなカレーとヨーグルトの組み合わせなのに、なんでこんなにマズイんだと思うくらい、ともかくマズイ。

 自分はこれでも、けっこうなんでもおいしくいただけるタイプです。いろんな人がまずいというドクター・ペッパーだって、京都駅の自販機で売ってる(いまも売ってるかは知らないけど)タヒボ・ベビータだって、とってもおいしくいただけるんです。
 でも、これはマズイ。マズイとしかいいようがない。

 森永がつくってるんですよ。パッケージを見ておいしそうに感じ、実際食べて「うへぇ」とだまされる(失礼!)ことの多いオハヨーがつくってるんじゃなく、乳製品できちんとした実績のある森永なのに。
 商品化されて流通に乗る前に、誰か止めなかったんでしょうか。それとも社長の趣味かなんかでつくられてしまったのでしょうか。

 なかに、小さくされた肉・野菜といった、カレーの具が入っています。色はもちろん薄黄色。匂いは、昨日つくって一晩置いたカレーなべ(未加熱)から発せられるような匂い。そして味は……。
 最初は、カレーパンのような味がします。「お、おいしそうじゃん」と思うでしょ? でも、さりげなくいや〜な感じの酸味が残ります。そして食べすすめるうちに、いや〜な感じの酸味が蓄積されていくんです。ついに最後は、「このカレー、腐ってんじゃないよな?」な味になってくるんです。

 自分は、自分の分として割り当てられた食べ物は、1度手をつけたのなら、最後まで食べなさいと厳しくしつけられたから(?)、ガマンして全部食べました。でも、これほどつらい思いをしてものを食べるのは、もしかしてはじめてかもしれません。
 妻は、やはりカレーが大好きで、ヨーグルトについては自分よりもよっぽど好きなのですが、3口で食べられなくなってしまいました。

 カレー好きでヨーグルト好きのあなた。食べてみたいでしょ?>森永カレーヨーグルト。
 げてもの好き、珍しいもの好きのあなた。食べてみたいでしょ?>森永カレーヨーグルト。

 たぶん、2ヶ月後には生産中止になり、市場から回収されるんじゃないかという気がします。それほど、マズイです。コンビニでは絶対置いてもらえないんじゃないかと思うくらい、マズイです。
 食べるなら、いまです。自宅近所のスーパーではいまも売ってますが、すぐになくなると思います。
 さぁ、幻の味になる前に、みんなでスーパーへレッツ・ゴー(^^;)。

(1998.04.29)




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大雪だぁ!

 ここんとこ続けて大雪が降り、たいへんです。東京は雪に弱いといいますが、電車が止まって帰れなくなった人、すべって転ぶ人など、たいした大騒ぎです。
 しかし、何よりも困ったのが、テレビ。

 自分はかなり古いアパートに住んでいます。
 先週の大雪のとき、自分の住むアパートの向かいにある、同じ大家さんがやってるこれまた古いアパートのテレビのアンテナが、雪の重みで折れました。もちろん、雪があらかた溶けるまで修理はできません。かわいそうに、あのアパートの住人は、しばらくテレビが見られないんだなぁなどと、いまにも屋根から落ちそうな状態で引っ掛かっているアンテナをベランダの窓から眺めていました。
 それから1週間。やっと雪が溶けてきたと思ったら、また大雪。これでまたしばらく、向こうのアパートの人のテレビが復活するのが遅れるんだ。ご愁傷様 …… などと他人事のように思っていたら ……。

 うちのテレビも映らない!

 他人事ではなくなってしまいました(i_i)。さらに悔しいことに、なぜかNHKだけはきれいに映る!!
 そんなわけで、ここのところテレビのない生活をしてます。はやくなおしてくれ>大家さん。

 雪といえば、さすがにこれだけの大雪だと、あちこちに雪だるまができてました。
 この雪で、家族3人くらいがラクに入れる大きなかまくらをつくった友人がいます。子供といっしょに3時間くらいかけて、夜7時くらいまで、一生懸命つくったんだそうです。でも、翌朝みてみたら、かまくらは壊されていました。ショックで、仕事をする気がなくなったそうです。

 自分も子供の頃、家の門のところに雪だるまをつくったことがあります。それほど大雪ではなかったので大きなものはできなかったけれど、できるだけ白い雪を集めて、一生懸命つくったように思います。
 しかしその雪だるま、つくって3時間くらいで、だれかに壊されてしまいました。たぶん、学校帰りの学生(中学生?)だと思います。つくり終わって、家に入ってひと休みしているあいだに、めちゃめちゃに破壊されてしまいました。

 それ以来、自分は人の目に付くところにはぜったい雪だるまはつくりません。他人の入ってこれないところにしかつくりません。

 ものをつくる喜びを知らない人、つくったものを壊されることの悲しさを知らない人、壊されたことによって悲しむ人の心をまったく気遣おうともしない人、そして何よりも、破壊行為そのものに喜びを見出す人とは、ぜったい友人になれません。いっしょの生活空間にいることすら不快です。
 一部の不愉快な人間のために、人間という種に対する自分の評価がどんどん低くなっている今日このごろです。

(1998.01.17)




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失礼な奴

 世の中にはいろいろ失礼な奴がいる。

 たとえば海外旅行に行くことにし、いろいろなカタログなどを集め、値段的に納得のいく旅行会社と契約をすませたとする。
 その話をきいた旅行好きな奴が、「自分にいってくれたら、もっと安いところを紹介してあげたのに」。
 これって、すごくよくある会話。でも、こいつって思いっきり失礼ではないか?

 こっちは自分でいろいろ調べて、納得して代金を払い契約をしている。それだけの価値というものを見出だして、それを自分のものにしている。なのに、なぜおまえはそれを否定するんだ? それをいったところで、何かいいことがあるのか?
 こちらの判断基準を否定し、その判断をしたこちらを馬鹿にし、楽しく思っていた気分を破壊するだけで、なにも事態を好転させない非常に失礼な行為だというのに、おまえはそれに気づかないばかりか、親切だと思っていやがる。

 これは旅行に限らない。何かを金を出して買うときには、それだけの価値があると判断したから買うんだ。それをあとから「**で買えばもっと安いのに」「俺にいえば安く手に入るのに」とかいうな。不愉快だ。

 食べ物だってそうだ。人がうまいと思って食べてるものに文句をつけるな。まずいと思うなら食うな。こっちがセッティングした店でものを食いながら、他に同席者もいるのに、「××の店のがうまい」とかいうな。それが、その店だけでなく、そこの客すべてを馬鹿にした発言だということがわからないのか?

 新聞の投書欄で、自分の住んでいる公団の分譲価格が安くなったことに文句をいっている人がいた。若い女だが、自分の父親が苦労してお金を工面し、やっとの思いで買った公団の価格が、いまでは1000万円も安くなっており、ひどいというのだ。

 ひどいのはおまえだろう。

 おまえのお父さんはたいへんな苦労をしたのかもしれないが、自分のため、もしくはおまえらのために、それだけの苦労をして金をだし購入するだけの意味がある、とそのときに判断したからそれを買ったはずだ。おまえはその意思を、父親の過去を否定しているということがわからないのか。

 いいかげん、自分の価値判断を人に押し付け、なんでも金に換算するような考え方を強要するのはやめてほしい。
 自分はそういう奴が大嫌いだ。

(1997.11.17)




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なんで出口で遅くなる?

 エスカレータとかに乗ってて思うのだけど、どうして多くの人は出口のところでもたもたしてるんだろう?
 電車なんかでもそうだが、降りるときも乗るときも、出入り口まではすごい勢いで形相変えて突進していくのに、一歩中に入る(あるいは一歩外へ出る)と、いっきにスピードダウンしてしてしまう。

 おまえら、ジャマなんじゃぁ!

 自分の要求するところが完了すると、安心してしまうのだろうか? それまでは目の前にいる人間がどれだけジャマくさく、ドンくさく思えていたかを忘れてしまい、同じ位置に来たときには自分が後ろの人間からジャマくさく、ドンくさく思われているとは考えもしない。

 もう少し、まわりの状況とか自分の位置とか、考えてほしいと思わせる人っていっぱいいるなぁ。

(1997.09.20)




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光通信はやたらと当たる

 ホームページをつくることに決めてから、デジタルカメラが欲しくて。
 でも、ふだん写真を撮る習慣がない自分としては、ホームページのためだけにデジタルカメラを買う気にもなかなかなれず、あちこちの懸賞ページで「デジタルカメラ」の文字をみるたびに応募する日々がしばらく続いていた。

 デジタルカメラ以外にもノートパソコンとか、いくつか応募したのだけれど、当たりませんねぇ、デジカメもパソコンも(^^;)。
 けっきょく何も当たらなかったため、一部のクリップアートを除いて、このページには写真がないんです。

 で、懸賞。
 特賞がデジタルカメラ、あるいはノートパソコンなどで、1等が携帯電話やPHSというのがいくつかあって、そんなのにもいくつか応募(もちろん特賞が欲しくて)したのだけど、いまのところ、1等の携帯電話/PHSが当たる確立は100%! 応募するたびに必ず当たる。

 はじめて応募した数週間後、「当選!」の文字が入った封筒が届いていたときは、欲しかったものでなくてもうれしかったのだが、最近は応募するところの商品のなかに携帯電話があると必ず「当選!」と書かれたお馴染み(^^;)の光通信の封筒が届くようになり、うれしくもなんともない。

 厳選な抽選の結果、と書いてあるけれど、応募した人全員に送っている気がするぞ、なんか。

(1997.09.17)




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映画『異人たちとの夏』をみた

 テレビで『異人たちとの夏』をみた。

 この映画、映画館でもみたし、テレビでももう何回かみた。
 はなし自体はべつにどうということもないと思うのだが、1個所だけ、とても印象に残っているところがある。それは、主人公(風間杜夫)が28年前に死んだ両親(片岡鶴太郎、秋吉久美子)と別れる直前、最後に一緒に浅草今半へすき焼きを食べに行くシーン。

 自分は下町っ子ではないし、下町的な近所付き合いとか風情といったものも、どちらかといったら嫌いなほうだ。
 しかし映画のなかで描かれる浅草=主人公の生まれ故郷は、懐かしさ、あたたかさ、優しさがあふれており、とても心ひかれるのは、大林監督の力か。

 仕事で精神的に疲れきっている主人公、その前に突然現われた、自分が12歳のときに死んでしまったはずの両親。
 ずっと味わうことのできなかったあたたかさ、優しさに触れ、自分を取り戻していく主人公だが、異次元の存在である両親と会うことにより、そのたびに消耗していく。そしてそのことを両親に伝え、「もうこれ以上会えない」最後のお別れに、主人公が毎年誕生日に連れていってもらっていた今半で両親にすき焼きをごちそうする。

 すき焼きがなべのなかでぐつぐつと煮え、母が息子のために肉と野菜をとってやるうちに、だんだんと息子の目の前で影が薄くなり、ついには消えていってしまう両親。
 そしてそのとき、息子がいう言葉

 「ひとつも食べていないじゃないか。ひとつも」

 毎回この前あたりで、涙が出てしまう。

 映画だと『異人たちとの夏』、コミックなら萩尾望都の『訪問者』、小説だと『フランダースの犬』、これらにはいつも泣かされてしまう。30過ぎて、カッコ悪いな。

(1997.09.14)




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水着のねいちゃん

 やっと学生たちの夏休みも終わり、少しは街も静かになったか。

 夏休みといえば、遊園地などのプールの宣伝ポスターがあちこちの駅構内にはってあった。しかしあれって、なんか滑稽でない?
 ネクタイして顔から汗吹き出してるサラリーマンが通る横に、ほとんど裸も同然の格好で頭悪そうに笑いながら走ったり跳ねたりしてる若い娘のポスター。シュールだぁ。

 なんか、水着とか裸とか、雑誌やらテレビやらで見すぎてしまい、もうなんの感動もときめきもない。馬鹿らしいと思うことのほうが多くなってしまった。

 女の子たちがあまり可愛くない。ルックス的にはまぁまぁなんだけど、どうも心を魅きつける“何か”がたりない。性格が悪そうだ。頭が悪そうだ。

 こんな娘たちがそんな格好をしても、ちっとも心踊らないのだよ、おじさんは。

(1997.09.02)




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映画『(ハル)』を見た

 ビデオで、『(ハル)』という映画を見た。
 パソコン通信で知り合った男女が、頻繁なメールのやり取りをするうちに自分を見つけていくというような話。直接的な恋愛感情はもたないが、なんとなく心の友になっていく。

 脚本を書いた人が、実際にパソコン通信の経験者かというと、なんとなくそうではない気がする。パソコン通信からみでいろいろいわれたことのうち、比較的よいイメージのある部分を中心に、頭の中だけで考えたような。

 ストーリーとかとくにどうということもなく、比較的淡々としてるけれど、なんとなく楽しめてしまったのは、主演が深津絵里だったからかなぁ。
 自分も深津絵里とメール友達になりたいな。

(1997.08.13)




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駅でちょっとムカついた

 朝、駅で電車を待ってた。次の電車は4ドア車だから、4ドアの扉位置のところでちゃんと待ってた。
 しばらくしたら電車がホームに入ってきた。スピードが遅くなってきたので、いままでいた白線の内側からちょっと前へ出ようとしたそのとき。
 あとからきた中年のおっさんが、突然、何もいわず、自分の“前”に入ってきた。そして、扉が開くやいなや、降りる人のために道を開けるでもなく、当然のような顔をしていちばんに乗り込んでいった。

 なんでなんだろう?
 ちゃんと教育も受け、社会人として何年も社会生活を営み、たぶん子供だっているだろうに。自分の子供の前、会社の上司の前、取引先の担当者の前でも、同様のことをするのだろうか?
 もしするのだとしたら、それはその人がきちんと社会生活を行なううえでの行動規範というものを教わらないできたか、教わってもまったく意味を理解できないまま身につけないできたのだろうから、もうどうしようもない。あの年になって考え方や行動をなおせといっても、もう無理だろう。
 しかし、もししないのだとしたら……。
 けっきょく、自分のことを知っている人、利害関係がある人との間だけにしか規律というものを適用できないということなのだろうか?

 こういう人って、昔からいたけれど、いまはその数がずいぶん増えてきているように思う。いつも急いでいて、他人に対してハラをたてていて、自分の利益を優先する人。そういう人こそが、また新たなそういう人をつくりだしているようにも思う。

 人間なんて、しょせんそんなもの。ただ生きて死ぬだけのどうでもいい存在。そう思い、なるたけ他人にハラをたてないようにと思っているけれど、やっぱりちょっとムカついてしまった。

(1997.08.11)




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Pensiero! 別館 I

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