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★芝居『編集王』伊トウ本式 (2005.08.08)
★映画『マシニスト』 (2005.07.04)
★ミュージカル『ラ・マンチャの男』 (2005.06.27)
★歌舞伎『桜姫』 (2005.06.13)
★映画『デトロイト・ロック・シティ』 (2005.06.06)
★映画『崖』 (2005.05.30)
★映画『バタフライ・エフェクト』 (2005.05.30)
★生きてる人間よりエロティック (2005.05.30)
★舞台『砂の上の植物群』 (2005.05.10)
★映画『ロング・エンゲージメント』 (2005.03.28)







★芝居『編集王』伊トウ本式 (2005.08.08)

少し前のイタリアン・ポップス・ファンの集いで知り合った役者さん、アントニオ本多さんが出演するお芝居『編集王』を観てきました。

『編集王』といえば、一本気で熱いバカ野郎のカンパチくんが初めて入った「編集」の世界で熱さを撒き散らし周囲を巻き込みながら成長していく人気漫画です。テレビドラマにもなりましたね。原作コミックは連載で何度か読んだことがありますが、けっこう長い話だったような気がします。そのなかから伊トウ本式は、印象深いエピソードのひとつであった「マンボ好塚」のお話をピックアップして芝居化したようです。

うん。おもしろかったですよ。トータルで2時間半くらいの上演時間だったと思うのですが、途中でだれることもなく、最後まで飽きずに観られました。原作コミックの主人公は編集部アルバイトのカンパチくんだったと思うのですが、この芝居での主人公は、ベテラン漫画家マンボ好塚のマネージャーを務める仙台さんと、仙台さんがマンボさんのいちアシスタントだった時代から知っているソガイ編集部員(現・編集長)なんですね。やたらと熱くて空回りのカンパチくんをメインにするよりも、このほうが話に厚みが出ていいな。

たまたまこのエピソードの概要は連載時に飛び飛びに読んで知っていたこともあって、すんなりと話に入っていけました。ところどころにちりばめられた笑いの要素も話が重くなりすぎるのを防ぐとともにストーリー展開にリズムをつけることにも役立っていて、なかなかうまいと感じさせます。それぞれの役者さんの演技自体は特別うまいということもないと思うのですが、安定した演技で安心して観ていられます。セリフをかんだのも全部で6回くらいだったと思うし。

個人的にはソガイ編集長の芝居が気に入ったかな。マンボさんをやった人は、悪くはないのだけど、過去の栄光だけでいまも大金持ち&傲慢な超ベテラン漫画家というイメージからすると、ちょっと線が細い感じです。芝居云々というよりも、役者さんそのもののキャスティングがもうひとつマッチしなかったといった印象。

などといったことはありますが、全体におもしろく、楽しく、ほどよい趣き深さがあり、死にそうに暑い日曜の午後にわざわざ出かけて観にきたことを後悔させない舞台でした。次の舞台もまた観たい。

しかし三京さんって、原作では男じゃなかったか? というか、この原作コミックって、ほとんど男だらけの世界じゃなかったっけ。あまりに色気がないので、舞台では三京さんを女性にしたのかなぁ。それはともかく、あの「血」はこわいですからっ!

(2005.08.08)




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★映画『マシニスト』

『マシニスト (The Machinist)』
監督:ブラッド・アンダーソン(Brad Anderson)
出演:クリスチャン・ベイル(Christian Bale)、ジェニファー・ジェイソン・リー(Jennifer Jason Leigh)、アイタナ・サンチェス=ギヨン(Aitana Sanchez-Gijon)
2005年・スペイン/アメリカ映画
102分

早稲田松竹のラスト1本800円だったので、観てきました。1年間眠れずにいる男の話。一般公開のときに観そこねたのでね。

主役の男優さん、すごいです。役づくりとはいえ、あそこまで痩せるなんて。体力だってかなり落ちただろうし、体の具合だって悪くなったはず。その状態で映画撮影に耐えるなんて、想像もつかない。撮影って、たいへんなんでしょ、きっと役者さんにとっても?

この男優さんの異様な痩せぶりにはおおいに目を引かれましたが、ストーリー自体はそれほど興味深いものではなかったなぁ。「眠れない」という状況がそれほど効果的に使われてなかったように思います。もっと「眠れない」が故のいろいろな現象や混乱や錯乱があってもよかったかなぁと。

冷蔵庫のメモも、思わせぶりなわりには早い段階で「答え」がわかっちゃったしなぁ(最初は「Hunger」か「Hanger」かなと思った)。あふれる「血」もこけおどしふうだったし。謎の大男アイヴァンが主人公のトレヴァーにしか見えていないっていう時点で、これは「シークレット・ウィンドウ」とか「ウィリアム・ウィルソン」とかの系統の話だってのもわかっちゃったし(とくに赤い車の持ち主が判明した時点で確信)。

簡単にいえば「罪の意識から逃れることはできない」っていうお話で、オチも「まぁ、こんなところかな」というところに落ち着いて、ラスト1本800円で充分だったという映画でした。観終わってからすごく「眠く」なった(笑)。

(2005.07.04)




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★ミュージカル『ラ・マンチャの男』

帝国劇場でミュージカル『ラ・マンチャの男』を見てきました。

帝国劇場って行くの初めてだったのですが、フロアにも客席にも階段にもふかふかの絨毯が敷いてあって、あまりにふかふかなので歩きにくい。階段とかでこけそうになりましたよ。あと、客席が狭い。座席前のスペースが狭くて、ゆったり座れずに疲れた。

で、舞台です。松本幸四郎と松たかこの親子競演が話題だったりします。幸四郎さんは、テレビドラマで見るととてもいい感じなのですが、本業?の歌舞伎の舞台に出ているときはその良さがわからないのですよ、自分には。声があまり通らなくてなにいってんだかわかんないし、演技そのものもいいんだか悪いんだか。なので、中村獅童さんなどと同じく、実は舞台よりテレビ向き、歌舞伎よりも現代劇向きな役者さんなのかなぁと感じてました。その点でいえば、ミュージカルのほうが歌舞伎よりもいいかもしれないというちょっとした期待もあったりして。

でもね幸四郎さん、ミュージカルでもやっぱり声がよく通らない。というか、歌舞伎のときの発声に近い声の出し方をしてるな。なので、やっぱりなにをいってるんだかよくわからない。せりふのときも、歌のときも。それと、歌のシーンでの音のとり方が、ほんの少しだけフラット気味なのね。もごもごした発声で微妙にフラット気味で歌われるってのは、なかなか気持ちが悪いものです。

そして、松たかこさん。ポップ・シンガーとしてはそれなりに上手に歌う松さんですが、ミュージカルとなると、ちょっときついな。そこそこ力強いファルセットも聞かせてくれるのだけど、声量が少し不足。あと、ところどころで音程が不安定になる。

この舞台、全体に出演者の歌がもうひとつなんですよ。なかには牢名主役の人のように素晴らしい歌声を聞かせてくれる役者さんもいるのだけど、そういう人が一握り。歌のうまい人とそうでない人との差が大きく、しかも、(幸四郎さん・松さんを含め)そうでない人のほうが重要な役どころをになっている部分が多く、全体にちょっとバランスがばらんばらんな感じ。やはり音楽を主体にしたミュージカル劇では、ふだんからきちんと歌っている人に歌ってほしいわ。とくに前回見たミュージカルがフランスの『十戒』で、その圧倒的な歌唱力に魅了されたことと比較してしまうと、今回の『ラ・マンチャの男』出演者たちの歌唱力不足は致命的な感じがする。

あとなぁ、曲が思ったよりよくなかったな。アンドリュー・ロイド・ウェーバーの『オペラ座の怪人』ほど単調なメロディのくりかえしではなかったけど、もう少しメロディに情感がほしかった。まぁ、シンガーがもっとエモーショナルに感情を乗せて歌える人たちだったなら、あのメロディももう少しドラマティックに響いたのかもしれないけれどね。

芝居自体はなかなかおもしろいです。おおよそのストーリー(有名な「ドン・キホーテ」のお話ね)は知ってるし、ところどころに笑わせるところも用意してあるし、感情を高ぶらせるところもあるしで、およそ2時間30分という上演時間を長く感じさせない。それを考えると改めて、もっと実力派の、歌唱力があってふだんからきちんと歌っているアクター/アクトレスによるキャスティングで見たかったよなぁと思ってしまいました。

(2005.06.27)




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★歌舞伎『桜姫』


「桜姫」... なんだかスゴイ話でした。歌舞伎でよく出てくるようなさまざまな要素がひとつの話にてんこ盛り。さらにテレビの2時間ドラマのようなシチュエーションも。

だってさ、ゲイ・カップルの心中(むかしは少年を愛人として持つっていうことがけっこう多かったらしい)と生き残った片割れ、死んだ稚児の輪廻転生、お家の一大事、お家乗っ取りの陰謀・悪だくみ、僧侶とお局の禁じられた性愛、屋敷に押し入った強盗にレイプされた姫君、そのときにできてしまった子供、強盗に恋をしてしまった姫様、姫に恋をし身を持ち崩していく僧侶、死ぬに死ねない僧侶の幽霊、お家再建のために奔走する家来、親兄弟の仇討ち... お家騒動と愛憎ものと怪談ものが全部投げ込んであるんですよ。すっげェ話。

コクーン歌舞伎を観るのは初めてなのだけど、ここでは「歌舞伎」ではあるけれど、かなり現代劇的な要素を多く持ち込んでいるようで、非常に観やすくわかりやすい。なんとなく平成中村座的な、というか、勘九郎さん(現・勘三郎さん)的な匂いがします。歌舞伎は古くから続く日本の文化ではあるけれど、その一方で、江戸庶民の娯楽でもあったわけで、その「娯楽としての歌舞伎」「芝居としての歌舞伎」をもっと気軽に楽しもう、歌舞伎の「型」は大切にするけれど、現代的な要素も取り入れていこうといった姿勢が見えます。

突然客席から現われる役者、桟敷の客席の間を「ちょっとごめんなさいよ」などといいながらけっこう自由に横切ったりする演出、観客の横に座って問いかけたり、小道具を預からせたりなど、歌舞伎座で演じられる歌舞伎ではありえないようなことをする。それがまた、楽しそう。もちろん宙乗りや水を使うといった歌舞伎の大技?もあり、見得を決めるところもたくさんあり、見どころ満載でした。

しかし、前の席の若いねぇちゃんは爆睡してた。こんなにおもしろいステージを観ずに寝るなんてもったいないなぁ。チケットだって安くないし、チケットとるのもけっこうたいへんなのに。あと、大向こうからの声のかけ方がヘタだ。タイミングが悪い。大向こうに関しては、やはり歌舞伎座がいちばんうまいな。そういえば、コクーンではめずらしく女性からも声がかかっていた。

そんなこんなも含めて、とても楽しい歌舞伎見物でした。そのあとは同じ文化村で開催されてたベルギー象徴派の展覧会も観られたし。

(2005.06.13)




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★映画『デトロイト・ロック・シティ』

『デトロイト・ロック・シティ (Detroit Rock City)』
監督:アダム・リフキン(Adam Rifkin)
出演:エドワード・ファーロング(Edward Furlong)、ナターシャ・リオン(Natasha Lyonne)、ジュゼッペ・アンドリュース(Giuseppe Andrews)
2000年・アメリカ映画
95分

「デトロイト・ロック・シティ (Detroit Rock City)」といえばいわずと知れたKISS(キッス)の代表曲のひとつですが、この曲名をタイトルにしたアメリカ映画があるのです。

主人公はオハイオ(だったかな)の田舎に住む男子高校生4人組。彼らはKISSの大ファンで、KISSのコピーバンドを組んでいます。そんな彼らの「いま」のいちばんの楽しみは、デトロイトで行なわれるKISSのライヴを観にいくこと。どうやら彼らにとって初めての生KISSのようです。

ところが、4人組のひとり・ジャムの母親はがちがちのキリスト教徒で、KISSは悪魔の使い、地獄の軍団(笑)だといって、息子がKISSを観にいくのを許しません。せっかく買ったコンサート・チケット4枚を、目の前で燃やされてしまいます。

しかしめげない彼らは、チケットのプレゼント企画をしているラジオ番組のクイズに挑戦し、みごとにチケットを獲得。みんなでクルマに乗り、デトロイトまで出かけるのですが、そこは映画です。すんなりとチケットを入手し会場に入ることができるはずもなく...

思いっきりバカです、この映画。2000年の製作だそうですが、舞台となっているのはもっとむかしですね。映画のなかではまだLPを聴いてましたから、たぶん1980年代の設定なのでしょう。ディスコ・ブームの頃ってなってたし。

あの頃の、アメリカの田舎に住むおバカなロック少年たちのおバカな青春ムーヴィーといったところでしょうか。ストーリー的にはとくにたいしたことはなく、ただ「キッスのライヴを観たい!」一心でそれぞれが自分なりに考えた行動をするうちでちょっとだけいろいろな意味で成長するといったことはあるけれど、深みとかはぜんぜんありません。

でも、映画の冒頭でスピーカーから飛び出してくる「I Stole Your Love」のリフのかっこよさにいきなりやられてしまいました。そして、さまざまなシーンで挿入されるKISSの往年の名曲群、「Lady's Room」や「Beth」「Calling Dr.Love」「Love Gun」「Rock'n Roll All Nite」「Strutter」などが聞こえてくるたびに、もうそれだけでワクワクしちゃう。

さらにKISS以外にも、あの頃のハード・ロックがふんだんに使われています。タイトルやグループ名とかあまり覚えていないのですが、Van Halen(ヴァン・ヘイレン)、Cheap Trick(チープ・トリック)、AC/DC、Aerosmith(エアロスミス)、T-Rex(ティ・レックス)などがかかっていたはず。あと、Styx(スティックス)も流れていたかな。そして、それらの曲のタイトルや内容が、さりげなくそのシーンの状況などにかけてある(授業をサボっているところを警備員?に見つかった4人が「女子トイレで落ち合おう」とばらばらに逃げていくシーンで「Lady's Room」がかかったり。そのまんまの歌詞ですからね)ことが多かったりして、あの頃のロック・ファンなら思わず笑ってしまうでしょう。

さぁ、彼らは無事にチケットを入手し、KISSのライヴを観られるのか。という部分にはあまりワクワクしないのですが、おバカなロック少年たちの青春映画として、なかなか楽しく観られました。最後にはKISSのライヴ・シーンもあって、KISSファンの自分としてはそれだけでもOKだったかも(笑)。

(2005.06.06)




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★映画『崖』

『崖 (Il bidone)』
監督:フェデリコ・フェリーニ(Federico Fellini)
出演:ブロデリック・クロフォード(Broderick Crawford)、リチャード・ベースハート(Richard Basehart)、フランコ・ファブリッツィ(Franco Fabrizi)
1955年・イタリア/フランス映画
91分

夜中に民法地上波で放送されたのを観ました。古いイタリア映画。監督はフェデリコ・フェリーニだったかな。

最近、古いイタリアのモノクロ映画をテレビで観る機会が何度かあったのだけど、なんていうか、古いイタリア映画ってつらい内容のものが多いですね。『道』にしても『自転車泥棒』にしても『甘い生活』にしても、なんか救いがないというか、希望がないというか。

この『崖』も、救いも希望も未来もない、つらい映画だった。

『道』では、ジェルソミーナはかわいそうでしたが、そしてザンパノはすべてが手遅れでしたが、でも「手遅れだった」ということにザンパノが気づく、という救いがありました。気づいたことで、このあとのザンパノの行き方は変わっていくかもしれない。それがよい方向か悪い方向かはわからないけれど、少なくともこの先の未来があった。

『自転車泥棒』のお父さんは、さらに生活は困窮していくだろうけれど、お父さんを大事に思っている息子がそばにいることを知っています。大切な息子に「自転車泥棒」という恥ずかしい行為を見せてしまったこと、息子のおかげで逮捕されずにすんだことなどから、お父さんはきっとこの先、またまじめに、一生懸命に働くでしょう。状況はよくはならないかもしれないけれど、未来を感じさせます。

でも、『崖』のアウグストには、未来すらない。

頭が弱いがうえにザンパノに売られてしまったジェルソミーナや、根は悪くないのだけど無骨で不器用ゆえにジェルソミーナを死なせてしまったザンパノ、あるいは生活のために全財産をはたいて手に入れた自転車を盗まれてしまったがために他人の自転車を盗むことでしかリカバーできないと悪の心が一瞬生まれてしまったお父さんとは、根本的に違います。たしかに「詐欺師」としてしか生きられなかったのかもしれないけれど、アウグストがそうならざるをえない理由や背景が見えてこない。けっきょく最後も貧しい農家から金を騙し取り、さらに仲間を欺いて独り占めしようとし、けっきょく仲間に殺されてしまって終わり。最後の儲けを独り占めしようとしたのは娘が学校へ行くための資金にしたかったのだとしても、あまりに自分勝手で、彼には最後まで「反省」がない。その結果、崖でひとりで死んでいくしかなく、アウグストの未来はここで潰え、娘のためのお金も用意できず、もしかしたらその金が用意できなかったために娘の未来もしぼんでしまったかもしれない。しかも父親が「詐欺師」ですからね。

土曜の午後にビデオで観たのだけど、せっかくの週末がすっかりどよ〜んとしたものになってしまいました。恐るべし、イタリア映画。

(2005.05.30)




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★映画『バタフライ・エフェクト』

『バタフライ・エフェクト (The Butterfly Effect)』
監督:エリック・ブレス(Eric Bress)
出演:アシュトン・カッチャー(Ashton Kutcher)、エイミー・スマート(Amy Smart)、ウィリアム・リー・スコット(William Lee Scott)
2004年・アメリカ映画
114分

ひさしぶりに映画館で映画を観ましたよ。ここのところ忙しくて、劇場に行く余裕がぜんぜんなかったからね。

ひさしぶりの劇場鑑賞は『バタフライ・エフェクト』。地球のどこかで蝶が羽ばたくと、その裏側で竜巻が起きる... というカオス理論のことだそうですが、なんだかよくわかりません。風が吹けば桶屋が儲かる... と同じ?(←違うだろ)

要するに、タイム・スリップ&パラレルワールドものですね。ひさしぶりに劇場鑑賞する映画としては、なかなかおもしろかったです。

「いまの生活」に影響している「失敗」を、過去に戻って修復することで「いまの生活」をよくしようとするのだけど、その「失敗」を修復したことで別の「失敗」が生まれ、別の「いまの生活」がより悪い形で現われてしまう。それを修復するために、再度過去に戻って... のくりかえし。ひとつの「修復」がどんな別の「失敗」を引き起こすのかという、可能性をたくさん考えるという点で楽しめました。

細かく考えると突っ込みどころはいっぱいありそうですねぇ。いちばん最初の「いまの生活」を形づくる過去において、主人公は少年時代に何度もの「短時間の記憶喪失」を経験してます。この「記憶喪失」がのちの場面の「未来から過去に戻っての修復」に関係しているのだけど、最初の「いまの生活」の時点ですべての「短時間の記憶喪失」を経験しているわけだから、ここは1本の時間軸につながったワールド。ひとつひとつの「短時間の記憶喪失」時の操作が行なわれることで、そこからは別のワールドへと移ってしまう。

こういったテーマは、たんなる「タイム・スリップ」ではなく、異なった時間・異なった時空に同時並行的にさまざまなワールドが存在している=パラレルワールドという概念で見ないと、わけわからなくなっちゃいます。そのへんが『タイム・ライン』は甘かったよな。それよりは、いい出来だと思う。

ただなぁ、最後の「修復」に向かうための「きっかけ」が、あれじゃいかんでしょ。それまでの「きっかけ」は、幼少時の「記憶喪失」という同じキーワードでつながっているのに、最後のだけはそれがないですからね(なかったよね?)。最後にきての詰めの甘さは残念です。

ちなみに自分は、主人公のエヴァン(だったっけ?)は、いちばん最後に手に入れたことになってる「いまの生活」の時間軸上に最初からいたのではないかと思っています。途中で映し出されたさまざまな「失敗」や別の「いまの生活」なんて、最初からなかった。ケイリーなんて、最初から彼のそばにはいなかった。最後の「修復」で行なった、ケイリーへの仕打ちだけが真実で、そのときの記憶とある種の罪悪感、および、おそらくあの年代の男の子であれば、のちの「いまの生活」とは関係なく、その時点での彼の気持ちとして、あの仕打ちが「好意」から出た可能性が多いわけですから、そのときの想いなどが複雑に交錯して、思春期に一時的に精神が不安定になり、その結果見た夢・幻・幻覚の類なんじゃないかなぁと。

ま、解釈は人それぞれですけどね。そういう解釈の楽しみがあるというだけでも、おもしろい映画だったな。

(2005.05.30)




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★生きてる人間よりエロティック

志の輔落語 in 下北沢を観てきました。志の輔さんは新宿やパルコなど、年に数回は落語会を観にいくのですが、下北沢で観るのは実は初めて。毎年、下北沢の志の輔落語はひとり芝居があったりと、落語以外のことにも志の輔さんが挑戦しているというので前から1度観てみたいと思っていたのですが、なかなか機会がなくて。

というわけで、初体験となった志の輔落語 in 下北沢。今回は「文楽編」ということで、落語と文楽(人形浄瑠璃)のコラボレート。文楽もいまだ観たことがなく、前から1度観たいと思っていたので、願ってもない組み合わせです。

会は二部構成になっていて、前半は志の輔さんのトーク+謎のロシア人に扮しての漫談?+文楽。この漫談?が始まったときは会場中がとまどいました(笑)が、まさか、これが文楽への入り口になっているとは思わなかった。漫談?から文楽へのつなぎはみごとでした。

そして、初めて観る文楽。素晴らしかった。

八百屋お七が愛する吉三郎を助けるために、自分が火あぶりの刑になる危険も顧みず、火の見櫓に登って鐘を打つ場面。鳥肌立ちました。お七を演じる人形の、なんと美しいこと。流れるような体の動き。しなやかな舞。自分の席はすごくうしろのほうだったので人形の顔は見えないのですが、それでも表情が伝わってくるようでした。あの舞の美しさ、妖艶さは、玉三郎や福助にも負けていない、むしろ、生きている人間よりもエロティックにすら感じてしまった。

いやぁ、いいものを観ました。今回はほんの一場面、短い時間でしたが、文楽の持つ美しさと力強さの一端を垣間見れたように思います。今度は時間をつくって、国立劇場に観にいこうと思ったぞ。

後半は落語。あれは古典なの? それとも新作? 猫の兄弟が、親猫の革が貼られている三味線を持つ小唄の師匠の家で人間に化けて、それを覗き見した町人や化けられた本人たちが大騒ぎ、というネタ。これも、途中の「猫の兄弟たちの生い立ち」のところで突然に舞台が転換し、文楽へ突入。着物を着た猫の人形(かわいいぃ〜っ!)たちがしなやかに舞い、しかも志の輔さんは義太夫に挑戦。よこには三味線引きの人形(笑)。唸ってました、気持ちよさそうに。しかし、声が悪いな、あいかわらず。義太夫節はやはり、もう少し通りのいい声で唸ってもらわないと。

この、中盤の猫人形浄瑠璃は、志の輔義太夫のせいもあり、文楽なのにあちこちで笑いが起きるという楽しいものになりました。そしてまた、文楽から落語に戻ってくるところのつなぎも素晴らしい。すごいな。こういう形で落語と文楽が混ざってくるなんて思わなかった。歌舞伎と落語は、勘九郎さん(現・勘三郎さん)が落語家を演じる演目で、歌舞伎の舞台のなかで落語が語られるというのを観たことがあるけれど、落語の中に文楽というのは初めて。おもしろいです、こういうコラボ。

いやぁ、本当にいいものを見せてもらいました。落語以外への挑戦がある志の輔落語 in 下北沢、すごい。来年もなんとか時間をつくって観たいものだわ。

(2005.05.30)




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★舞台『砂の上の植物群』


KERA・MAPによる舞台『砂の上の植物群』を観てきました。この舞台、役者陣がすごいんですよ。常盤貴子、筒井道隆、温水洋一、西尾まり、渡辺いっけい、猫背椿... 濃い面子だ。猫背さんは何度か舞台で観たことがあるけれど、他の人たちはテレビでしか観たことがない、でもテレビの中で妙な存在感を振りまいている人たちなので、楽しみにしていたのです。

しかし...

よくわからんかった。ところどころで細かい笑いはあるのだけど、大枠としていったいどういうストーリー? けっきょくあの「未来人」はなに? なんで現地の言葉をしゃべるの? あの首狩族はなに? 字幕ナレーションの語り手は誰? その他もろもろを含めて、観終わったあとの最終的な感想は、「で、どうしたの?」といったものでした。

途中に10分の休憩があるとはいえ、上演時間3時間は長いなぁ。もう少しコンパクトにならなかったのかなぁ。キャスティングに力を入れすぎて、ある特定の登場人物に焦点を絞ることができなくなっちゃったのかなぁ。その言い訳が「群像劇」という言葉なのかなぁ... などと思ってしまいました。

常盤さんはあいかわらずお美しい。席が舞台から少し遠かったのでオペラグラス越しではありましたが、生身の常盤さんを観られたということで、個人的にはOKです。

しかし、常盤さんの芝居は、テレビでよく演じる「ちょっと半ギレ気味の女性」と同じで、あまり新鮮味はなし。筒井さんも『王様のレストラン』でのオーナー役など三谷幸喜作品での芝居とまったく同じで、新鮮味はなし。そして意外と渡辺さんも、思ったより舞台栄えはしない感じ。なんだか、『カバチタレ』や『ロング・ラブレター』&『王様のレストラン』な世界に『救命病棟24時』の医局長がやってきた... みたいなイメージが浮かんでしまいました。その点、西尾さんと猫背さんは、さすが舞台慣れしてるなって感じだわね。

というわけで、全体としてはよくわからん話だったのだけど、それなりに楽しめたし、まぁよしとしよう。しかし3時間は長い。夜7時開演で3時間だと、途中でお腹がすくです。

(2005.05.10)




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★映画『ロング・エンゲージメント』

『ロング・エンゲージメント (Un Long Dimanche de Fiancailles)』
監督:ジャン=ピエール・ジュネ(Jean-Pierre Jeunet)
出演:オドレイ・トトゥ(Audrey Tautou)、ギャスパー・ウリエル(Gaspard Ulliel)、ジャン=ピエール・ベッケル(Jean-Pierre Becker)
2004年・フランス映画
134分

あまりにお客の入りが悪くて上映打ち切り間近という噂?のオドレイ・トトゥ主演最新作『ロング・エンゲージメント』を観てきました。新宿では2館で上映されていたのですが、そのうちの1館は本当に2週間で上映終了。金曜午後6時半からの回でしたが、客席には自分を含めて20人ほど。平日のお客の入り的にはこんなもんだと思うんですけどねぇ。土日の集客がぜんぜんダメなのかな。

主演がオドレイ・トトゥでタイトルが『ロング・エンゲージメント』ですから、ラヴ・ストーリーかなと思いきや、実は謎解きミステリーなんですね、基本は。そしてその謎は戦場にあるという、一種の戦争映画でもある。ラヴ・ストーリーの要素もあるにはあるのだけど、主演のオドレイと相手役の兄ちゃんが映画のなかでおたがいに心を通わすシーンって、ほとんど出てこない。かといってミステリーとしてはあまりにご都合主義だし、戦争映画としては厚みが足りない。この辺のジャンル的なあいまいさ・中途半端さが不入りの理由でしょうか。

ただね、映像はすごく綺麗なんですよ。ヨーロッパの単館系の映画でときどき見られる、少し黄色がかったようなフィルムの色彩。まるで西洋絵画を見ているようなこの色調が、画面に深みと奥行き、それに「生きている感じ」を与えるんですね。この色調で映される田舎の風景の美しいこと。

その一方で、戦場のシーンはかなり強烈です。どんどん人が死んでいきます。びしばしと肉が飛びます。爆弾で細切れに吹っ飛ばされた仲間の兵士の肉が飛び散って近くにいた兵士(オドレイの恋人役)の体中に貼りつくシーンはきつかったです。そりゃ頭もおかしくなるって。

ところでオドレイって、いったい何歳なんでしょうか。『アメリ』のときは「実はそんなに若くないんじゃないか」と思ったのですが、この映画でも20歳という役になんか無理を感じてしまった。ふけ顔ですよね。

それと、オドレイにはこういった不思議ちゃんな役しかもう来ないんでしょうか。『アメリ』『愛してる、愛してない』『ロング・エンゲージメント』と、これまでのおそらくオドレイ主演の映画はこの3本だと思うのですが、どれも不思議ちゃんな役ですよね。そろそろ違う役で印象付けないと、ずっと不思議ちゃん女優になってしまいそう。

しかし、『アメリ』『愛してる、愛してない』『ロング・エンゲージメント』という流れは、ちょっとおもしろいな。主演のオドレイが演じる役はどれも「現実を直視しない(できない)ちょっと変わった女の子」なのだけど、『アメリ』では「夢の世界にいる自分」から成長して現実へと適応していく女の子、『愛してる、愛してない』ではどんどんと「夢の世界」に逃げ込んで最後まで現実を直視しない女の子、そして『ロング・エンゲージメント』では最初から最後まで彼女自身は「現実」を見ようとしなかったのだけど、現実のほうから歩み寄ってくる女の子、という役だった。不思議ちゃんにもいろいろなタイプがあり、その成長?のしかたにもいろいろなパターンがあるのだなぁなどということを思ってしまいましたわ。

で、『ロング・エンゲージメント』。あのエンディングは切ないような、暖かいような、未来への希望があるような、ないような、ちょっと余韻のある終わり方でしたね。やっと見つけた彼は過去の記憶を失っていて、その彼から最初にかけられる言葉が、子供のころに最初にかけられた言葉と同じ。ここからむかしと同じように心が通じ合っていくのか、それとも、過ぎ去った時間は同じ月日を取り戻せないのか。でも、暖かな陽のあたる庭にいる「いま」のふたりは、きっと穏やかな気持ちでいるのでしょう。

うん。悪くはない映画だったな。

(2005.03.28)




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Pensiero! 別館 I

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