自分は、クラシックそのものはほとんど聴かないのですが、クラシック・テイストを持ったポップ・ミュージックは大好きで、なので出始めのAndrea Bocelli(アンドレア・ボチェッリ)はかなりのお気に入りでした。クラシックの唱法と地声の少しかすれたカンタウトーレ風の声の両方を使い、クラシック的な優雅さと奥行き、広がりのある美しいポップスを歌うというスタイルに、強く魅かれたものです。
Alessandro Safina(アレッサンドロ・サフィーナ)の活動歴などについては知らないのですが、このアルバムを聴くかぎり、スタンスとしてはAndreaと近いところにいるのでしょう。全編を通してクラシックの唱法で美しいポップスを歌っています。Luciano Pavarotti(ルチアーノ・パヴァロッティ)やAndreaなどより音域が少し低いように感じるので、テノールというよりはバリトンに近いのかもしれませんが。
プロデュース&楽曲提供は、1970年代にla Bottega dell'Arte(ラ・ボッテガ・デッラルテ)で活動していたRomano Musumarra(ロマーノ・ムスマッラ)。彼はほかにもオーケストラ・アレンジやピアノ演奏も担当しています。Alessandroの伸びのある声を活かした、ドラマティックでスケール感のある曲を書いています。
Alessandroの声は、LucianoやAndreaなどにくらべると、華やかさに欠けるように思います。彼らの声には抜けるような明るさがあり、輪郭も非常にクリアですが、Alessandroの声はどこか薄もやがかかっているような、独特の淡さが感じられます。そこが趣き深くもあるのですが、たとえば舞台でオペラを歌うよりも、教会で宗教歌を歌ったほうがしっくりするタイプの声ではないでしょうか。
その点で、わかりやすいロマンティックさを発揮して大ヒットとなったAndreaにくらべると、ポピュラリティに欠けるといえそうです。曲の感じも、ソフトな声にあわせ、なだらかさと美しさを持った馴染みやすいポップスが多かったAndreaにくらべ、Romanoの書く曲はより映画音楽的で、その点でも聴く層を選びそうです。歌い方にしても、最近でこそオペラ・ヴォイス・オンリーになってしまいましたが、初期のAndreaはオペラ・ヴォイスとナチュラル・ヴォイスを上手に使い分け、ポップスとしての馴染みやすさにクラシックの持つドラマティックさをうまく加味してアピールしたのに対し、オペラ・ヴォイスでしか歌わないAlessandroは、こういった発声に慣れていないポップスのファンには馴染みにくいといえます。
これでもっと曲想が宗教歌・賛美歌に強く傾倒しているなどすれば、たとえばSlava(スラヴァ)のような人気の出方もあったかもしれません。しかし、このアルバムのベースは、やはりポップスとしかいいようがありません。これらの点を含めて、このアルバムにおけるAlessandroは、ポップ・ミュージックのなかでのポジションをつかみきれなかった部分があると思います。
しかし、そういった大衆性とは別の次元で、とても魅力的なポピュラー・ミュージックがこのアルバムには詰まっています。非常に生真面目なポピュラー・ミュージックであるとも思います。
イタリア的であり、またフランス的でもある、陰影と奥行きに富んだ美しさが感じられるアルバムです。