1: E TU...
2: OH MERILU
3: E ME LO CHIAMI AMORE
4: AD AGORDO E' COSI
5: NINNA NANNA NANNA NINNA(da Trilussa)
6: CHISSA SE MI PENSI
7: A MODO MIO
8: IL MATTINO SI E' SVEGLIATO
9: QUANTA STRADA DA FARE
10: CANTO
クラウディオ・バッリォーニのアルバムのなかでも、若さと瑞々しさがひときわストレートに伝わってくるアルバム。
ひたむきで、いろいろな言い訳を考えずに何にでも正面から向かっていってしまうような、そんな気持ちをもっていた(であろう)若き日々が甦る気がする。自分のなかの深いところに眠っている“ひとつの生き物としてのよい人間”の部分が、表に出てこようとするのを感じる。
夕暮れの海辺で抱き合う若い男女のシルエット……まさにジャケットそのままのイメージ。都会のラヴ・ソングというよりは海辺のラヴ・ソング。といっても、サザン・オールスターズとかチューブとかを想像してはいけない(^^;)。舞台は湘南ではなく、明るい日差しのイタリアなのだから。
CDの裏ジャケに(自分がもっている再発イタリア盤LPにはなかった。オリジナルにはあるのかな?)使われている、光と陰のコントラストが美しい狭い路地を、手をつないで歩いていく2人の後ろ姿もまた、アルバムのイメージを強めている。
クラウディオってやっぱり、非常に映像的なアーティストだね。
このアルバムにも、まさにクラウディオならではという、美しくも雄大なバラードがいくつも収録されているけれど、そこから感じられるのはいつもの“哀愁”ではなく“愛情”。非常に肯定的な優しさがあふれている。
そう、とっても前向きな感じなんです。
RCA時代のクラウディオって、自分の内面を血を吐くようにして唄う、出発点も到着点も自分のなかにあるような、どちらかといえば内向きなタイプのカンタウトーレだったと思うのだけど、このアルバムは非常に外向きというか、人懐っこいというか。なんか、自分以外への愛があるんだなぁ。
“プログレッシヴ・カンタウトーレ”としてのクラウディオを求める人のなかには、そこが「甘すぎてイヤ」という人もいるようだけれど、カンタウトーレ/ムジカ・イタリアーナのアルバムとしては、文句なくよいアルバム。
メロディもヴォーカルも、クラウディオらしさがいっぱい。それでいて、全体の印象はとても明るい。
ちなみにアレンジはギリシャのポップス/プログレッシヴ・ロック・グループ“アフロディテス・チャイルド(Aphrodite's Child)”にいたヴァンゲリス(Vangelis)。最近では映画音楽のほうで知られている彼だけれど、クラウディオ以外にもリッカルド・コッチャンテ(Riccardo Cocciante)のアルバムでもアレンジを担当していたりする。
そのリッカルドのアルバム『Concerto per Margherita』(1976年)は、いま聴くとキーボード・アレンジがうるさくも感じられるのだけど、クラウディオのこのアルバムでは“唄”をきちんとバックアップし、感情を引き出すのに成功しているといえる(それでも一部、キーボーディストならではの悪い面も感じられるけれど)。
拝金主義と利己主義がはびこっている東京で、こんなにも素朴で肯定的で愛情にあふれた音楽に接すると、やっぱり世の中間違ってるよなぁと思う。
人間が生きていくのに必要なものって、なんなのかな。