Carlo Muratori(カルロ・ムラトーリ)の音楽の特徴は地中海フォークのようですが、一般的な地中海フォークの枠をはみ出し、インドから東洋へとイメージの広がるオリエンタリズム、中世の聖歌や宗教歌をも思わせるアルバムのオープニング曲「Ppi tia stasira」は、なかなかの佳曲だと思います。
彼のアルバムは、今作を含めて2枚しか聴いたことがありませんが、このようにさまざまな要素が上手に混ざり合い、ひとつのイマジネイティヴな世界をつくった曲は、彼としてはめずらしいのではないでしょうか。どことなくIndaco(インダコ)風でもあります。
めずらしいといえば、続く2曲目の「L'incantatrice」も、Carloらしくないという点でめずらしいです。
引きずるような重たいエレキ・ギターを中心にしたこの曲は、地中海音楽やトラッドとは無縁の、中途半端なニューウェーヴもどきで、楽曲のクオリティの点でも、Carloが歌うという点でも、このアルバムへの収録の意味があまり見出せません。
この冒頭の2曲以外は、南欧の哀愁を感じさせる曲、地中海の海と空のキラメキを思わせる曲など、Carloならではの曲が続きます。
アコースティック楽器による丸みと緊張感があわさった演奏、Carloの低くおだやかな声、ゆったりしたリズムとメロディは、トラッド的、民族音楽的な色彩を強く出していますが、全体から受ける印象はけっしてシリアスではなく、ポップな雰囲気を持っています。Tazenda(タゼンダ)ほどのポピュラリティはありませんが、Daniele Sepe(ダニエーレ・セーペ)よりははるかにポップス寄りで、地中海音楽やトラッドにあまりなれていなくても、なんとなく楽しめるのではないかと思います。
Indacoをもっとわかりやすくして、音楽のベースをロックからフォークに変えると、印象が似てくるのかも。
いわゆるイタリアン・ポップスのファンよりは、トラッド系のワールド・ミュージックが好きなファンのほうにアピールすると思います。
演奏はシンプルだし、ヴォーカルもけっして「上手に歌う」わけでもパッションにあふれているわけでもなく、メロディ的にもポップスで聴かれるようななめらかさや美しさがあるわけでもありません。しかし、歌のなか、声のなかに、さまざまな思いが込められていることが伝わります。また演奏も、歌が運ぶ想いの行く手を邪魔することなく、音のなかに想いを沈めこむこともなく、そっと後押ししています。