direttore d'orchestra: Ntale Massara
Mia Martini(ミア・マルティーニ)はLoredana Berte'(ロレダーナ・ベルテ)のお姉さんだったと思いますが、ヴォーカル・スタイルや曲のタイプはずいぶん違います。強力にひび割れた声でロック調の力強い曲を歌うLoredanaに対して、Miaは素直でなめらかな曲を抑えた深みのある声で歌っています。1960年代から70年代にかけての典型的なイタリアン女性ヴォーカルといえるのでしょう。ただ、素直ながらも意外と太い声なので、たんなる「時代のポップス」といった軽い感じにならず、歌自体に存在感が感じられるところが好ましいです。
曲調的にはいわゆるポップスで、かわいらしいメロディを持った歌謡曲的なものからビート・ポップ風のもの、なだらかなオーケストレーションの入ったメロディアスなものなどが収録されています。そのどれもが魅力的に響くのは、Miaのヴォーカルの持つ味わいによるのだろうし、それぞれの曲が持つ美しいメロディ展開によるものでもあるでしょう。
いまの時代となっては間違いなくオールド・スタイル、オールド・ファッションドな曲ばかりですが、ここには最近のイタリアン・ポップスが失いかけている、イタリアン・ポップスならではの魅力がたっぷり詰まっているように思います。それはつまり、美しいメロディであり、メリハリの利いた展開であり、曲の持つストーリーやドラマを情感豊かに表現する歌のことなのですが。
ただ美しいだけでない、ただ明るかったり楽しかったりするだけでない、あるいはたんに哀愁にあふれているだけでもない、さまざまな感情の揺れや移り変わりなどを、あるときは強調し、あるときはさりげなく表現し、たった3分から5分程度の曲のなかにドラマをつくり、歌い手の持つ想いや姿といったものを歌声に投影していく――そういった味わいの深さが、察することを美徳とし、また上手でもあった以前の日本人の心の琴線に触れたからこそ、1970年代の日本におけるカンツォーネ黄金期があったのかなと思います(自分はまだ小学生になるかならないかのころなので、当時のことは知りませんが)。
英米の影響が強くなり、演奏や曲づくり、構成などは上手に、また複雑にはなったけれど、そこに歌い手の情感の動きや姿などといったものを見つけにくくなった最近のポップスとは違った質感、厚み、奥行きが感じられます。イタリアン・ポップスっていいなと素直に感じられるアルバムです。