Massimo Ranieri(マッシモ・ラニエリ)というと、少しひび割れた声で熱く歌い上げる熱唱型シンガーというイメージがあります。実際、自分がこれまでに聴いたことのある彼のCDは2枚組ベスト盤『Grazie Massimo!』だけなのですが、そこには力強い美声で熱唱する曲が多数、収録されていました。
それはそれでイタリアらしくていいのだけど、少なくともそのベスト盤を聴いたかぎりでは、Massimoの歌い方には繊細さがなく、熱さと力強さは伝わるのだけど細かい情感が伝わってこず、個人的にはあまり楽しめないタイプのシンガーだと思っていました。
しかし、『Oggi o dimane』と題されたこのアルバムは、パワーだけでがさつなイメージのMassimoとはまったく違う作品になっています。
収録されているのは、どれも古いナポレターナ。もっとも古いものは1700年、いちばん新しくても1959年の曲です。そして、全曲をナポリ方言で歌っているようです。
ナポレターナというと「O sole mio」や「Santa Lucia」のような、朗々と歌い上げるタイプの曲を想像しがちですが、このアルバムに収録されている曲は違います。ナポレターナらしいなめらかでおおらかなメロディはありますが、歌い上げる感じはなく、むしろさりげなく語りかけるような、そんなイメージがあります。
ナポリの町ではその昔、恋する若者から依頼を受けて、依頼主の想い人が住む部屋の窓の下で、依頼主の代わりに恋の歌を歌うことを仕事とした歌手がいたのだそうです。自分はイタリア語がわからないし、ましてナポリ方言などまったく知識がないので、ここに収録されている曲が恋の歌かどうかはわからないのですが、なんとなく、恋しい思い人のために贈られた歌は、こんな感じだったのではないかなと想像してしまうような、そんな優しさが感じられる曲が多く収録されています。
そして、このアルバムをひときわ特徴づけているのが、Mauro Pagani(マウロ・パガーニ)によるプロデュースとアレンジでしょう。センスのよい、つぼを押さえたストリングスやブズーキの導入が、ただのナポレターナを超えた、地中海音楽としての、そしてロマンティックなセレナータとしての、高いクオリティを与えています。
もともとのメロディはシンプルで素朴なものですが、優れたアレンジにより、世俗的な馴染みやすさは残しながらも、一種の格調の高さを感じさせるものになっています。
ナポレターナとしてだけでなく、トラッドや地中海音楽、そして民族音楽としても楽しめる奥行きの深さがある作品です。